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リズムの次に、音程についてお話ししたいと思います。
レッスン中の発声練習で感じるのは、みなさんにとっての音階のイメージとは、「階段」のようなものかもしれない、ということです。これは、音の違いを段のようにとらえる、という意味だけではなく、人間が足で階段を上り下りするときの動き、つまり、「上がりの体重移動はゆっくりと慎重で、下りのそれは大ざっぱになる」のと似ている、ということでもあります。
発声練習は大抵、ある音階を上がって下りる、というパターンで声を出します。たとえば、「ドレミファソ」と上がったら、「(ソ)ファミレド」と下りるわけです。この場合、当然、行きも帰りも同じ音程を維持しなければならないのですが、なぜか、上りはうまくいくのに、下りてくるときの音程が不安定になる人が多いのです。たぶん、「下がる」という意識が大きすぎるのが原因だと思われますが、果たして、音程をイメージするとき、この「上・下」の感覚は本当に必要でしょうか?
もちろん、耳に聞こえてくる音には「高・低」があります(ちなみに「上・下」は音の「高・低」を移動すること、具体的には「低いドから高いソに上がる」とか「高いファから低いレに下がる」という意味で使っています)。楽器などを見ても、特に、高い音だから実際に高い位置に弦やキーがある、という作りになっているとは思いません(管楽器の場合、そうなっていると言えないこともありませんが、縦のものを横にした楽器(たとえばフルート)が存在することから考えれば、あれは高さというより長さの問題(口から近いほうが高い音)と考えたほうがよさそうです)。
むしろ、楽器の場合、弦やキーが低から高(あるいは高から低)へと並んだ作りになっている気がします。つまり、音階は段を上下するというより、もっと音がスムーズにつながるような工夫がなされているのではないでしょうか。
声の場合は、イメージの持ち方が間違っていると、それが直接、音程の乱れを引き起こします。たとえば、音の高低につられて、自分自身も上下するような感覚を持ってしまう、つまり「上に持ち上げなきゃ」とか「下に降ろさなきゃ」というような、「体と連動した感覚」を持ちながら音階を歌ってしまうと、音程がコントロールできなくなってしまうのです。そして、「持ち上げよう」と思うときは、高さをセーブする気持ちが生まれるのか、慎重に歌うのに、「降ろす」ほうは、まるで重力の法則に従うかのように、どさっと落としてしまう――という不思議な現象が起こるのです。
ここでちょっと、アカペラでいいですから、「ドレミファソファミレド」と歌ってみてください。上がるときより下がってくるほうが苦手だと思う人は、 音の高低をもっともっと「平ら」にイメージしてみましょう。たとえば、ピアノのように、横に水平移動するイメージです。高低の「差」に注目せずに、音程そのものを耳でよく聴いて、微調整しながらゆっくり歌ってください。
上りの音階「ドレミファソ」が正しく歌えるとすれば、それは、自分の持っている音階のイメージと、出す声が一致しているからです。そして「(ソ)ファミレド」が怪しくなるのであれば、音のイメージが間違っているか、イメージどおりに歌えないかのどちらかでしょう。
もう一度、今度は「ドレミファソ」の上りだけを、音程の修正に努めながら、ゆっくり歌ってみてください。ここでは、耳を主役にして、聴覚をよく使いながら軽めに声を出すのがコツです。肝心なのは「感覚の修正」ですから、何となく歌えても力がつきませんので、厳しく判断してください。
「ドレミファソ」が歌えたら、今度はゆっくり「(ソ)ファミ」まで返ってきます。一音ずつ、来た道をたどるように、前の音の残響をうつしとるように、幅を修正しながら声を出すのです。「ドレミファソ」を逆から読む練習だと思ってやってみるのも、効果があるかもしれません。修正ができたら、次は「(ソ)ファミレ」です。一音ずつ増やして「ドレミファソファミレド」を完成させましょう。
歌うときに肝心なのは、音のイメージを保つことと、耳で調整することです。「ドレミファソ」が歌えるのに「(ソ)ファミレド」を歌うと音が乱れる、という状況が起こるのは、主に、耳の調整力が弱いためです。耳の調整は自分で克服すべき課題ですから、とにかく注意深く聴きながら歌うクセをつけましょう。口笛の練習も、音程を調整する感覚を身に付ける上で効果がありますので、ぜひやってみてください。
* * 今月テーマは「歌の正体」です * * 「リズムの取り方」では、目に見える形でリズムを修正する方法――紙に書いた図形をなぞりながら歌う――についてご紹介しました。今回は、その応用編です。 これまで、図形と言えば正三角形や正方形を指し、長さが同じ線の上を、機械のように正確になぞることでリズムがキープされること、また図形の大小によって、曲想やスピード感に変化がつくことなどを、体感されたことと思います。 ただ、これはあくまでリズムの基本を認識する方法であって、表現の領域に踏み込むものではありません。表現というのは多様ですから、単純な形をなぞるくらいでは身につかないし、そもそも、リズムは目に見えるものではありません。図形はあくまでイメージです。つまり、この話には先があるのです。 では、複雑な領域に踏み込むべく、リズムを少し違う方法で捉えてみましょう。ここでも、三拍子を例にとってご説明します(「こいのぼり」なんて、例としてどうなの?という方は、頭の中でジャズのアレンジなどに転換してくださいね。もちろん他の曲でも、三拍子ならOK)。 まず、紙の上にランダムに点を三つ描きます。次に、その点を線で結ぶのですが、今回は直線でなくてかまいません。線の種類が三本ともばらばら――たとえば、ギザギザの線と波線と直線の組み合わせ――にしてみましょう。さて、どんな形が出来たでしょうか。辺の長さも違えば、線の種類もばらばらの「とうてい三角形とは呼べない図形」ができましたか? では、ゆっくりと指でなぞってみましょう。形状も長さも違う線ですが、A点からB点、B点からC点、C点からA点と、同じタイミングで次の点にたどり着かねばならないルールはこれまでと一緒です。たとえば、移動時間を一秒と決めたら、どれも一秒で次の点に辿りつくように指を動かすわけです。「いち、に、さん、いち、に、さん」と声をかけながら、なぞってみてください。正三角形のときとはずいぶん違う感覚で、三拍子を体感したのではないでしょうか? 指の動きがパーカッション的になり、思わぬところにアクセントが付いたりして、その状態で「こいのぼり」を口ずさめば、斬新な曲に生まれ変わるはずです。 ここで言いたいのは、結局、リズムを考えるときに機能するのは、「いち、に、さん」という時間を刻む時計(ここでは点)だけだということです。そして、その間を埋めるもの(ここでは線)には無数のバリエーションがあり、それが表現の根幹をなすということです。たとえば、なめらかな表現の場合、当然、動きも曲線的になります。そういうときは、通過点さえはっきりしていれば、無理に角のある図形をイメージする必要はなく、円をイメージしてもいい、ということです。 自分の弱点はリズム、と自覚している方は、基本を理解するところに時間を割きましょう。規則的な動きを体に入れてから、こういうバリエーションに慣れることが大事です。その逆はありません。基本が抜けていると、「なんとなくそんな感じ」のノリしか出ないので、バンドなどのアンサンブルがうまくいきません。リズムは外国語と同じで、その言葉が話せないと、他人と自由な会話(バンドやセッション)が交わせないからです。 西洋的なリズムは、日本人にとってなかなか手強いものの一つです。それは、プロ・アマに限らず、常に磨かなければならない要素でもあります。他にも留意点があるのですが、この先も長いので、ひとまずここで終わります。今後も、機会があれば、他のテーマに織りまぜてお話ししていこうと思いますので、お楽しみに。